憲法学者・木村草太が語る憲法そもそも論【改憲論への回答】

14:12

2013年5月8日に放送されたTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」は憲法シリーズ第二弾。首都大学東京で教鞭をとる若手憲法学者の木村草太さんを迎えて「憲法そもそも論」と題して憲法改正議論の論点を解き明かしてくれていました。
■会話をしている人物

木村草太 (憲法学者 / 首都大学東京准教授)
荻上チキ (批評家 / 「αシノドス」「シノドスジャーナル」編集長)
南部広美 (フリーアナウンサー)


 
■ 『日本国憲法は時代に合わなくなったから改憲する』とういう意見について


チキ 昨今、憲法改正論議の中でですよ? あのぉ、『時代に適用しなくなったんで憲法変えましょう』って話、よくされるじゃないですか。

木村 はいはいはい

チキ その議論はどうなんでしょうかねぇ。

木村 フフフ(笑)。えっと、どの時代に適応しなくなったのかという具体的内容を伴わないでイメージだけで言われても、それは対応のしようがないというかお答のしようがない、ということになります。

チキ うん。まぁそうですねぇ。

木村 日本国憲法って諸外国と比べると割と抽象的で、あの、ドイツやフランスの憲法と比べても細かくないというか抽象的なんですね。

チキ はい。憲法の文章自体が。

木村 書いてあることを見ると、『人権をちゃんと保障しましょう。』『権力を分立してそれぞれ仕事しましょう。』ってことが書いてあるわけで、この原理のレベルをこの200年間で変えている国ってそんなにないですからぁ。

チキ うーん
南部 ふーん

木村 だからそのぉ、『議会制がもう時代に合わないんだ!』っていう声はあまり聞かないですけど、耐用年数ってのがマンションとかとちょっと違ってもう少し長いものなので・・・まぁそのー、もちろん細かく、『こういうところが合わなくなった』っていう話をしてくれるならいいんですが、イメージだけで語る分には『いや、そんなことはないんじゃないの?』って思ったりしますね。

チキ うん。例えばその、公明党とか、まぁ自民党もそうですけど、『環境権を入れるべきだ!』とかね、或いはそのぉ『プライバシーの話とか入れるべきだ!』とか、一方でその、『9条がもう時代に合わないんだ!』、いう話とかしたりしますけど、それはまだまだ細かくないって事になるんですかね。

木村 あのぉ、まずですね、『国民の権利保障が足りないと思うんだったら、まず法律を作ってください』ってことですね。

チキ ほうほう

木村 法律を作ることは別に自公政権なら出来ますので、あのぉ、別に民主党も維新の会も反対しないと思いますんで。『環境権が大事だ!』って言うんなら、それが誰に対するどういう権利なのかを明確にした法律をまず作ってもらってぇ。それで国が積極的に保障する分には誰も止めやしませんからぁ。

チキ ええ

木村 そのぉ、それを出来るのに憲法に入れたいって言うのは、あのぉ、『なんで憲法にわざわざ入れる必要があるの?』って風に思いますね。

チキ まぁそうですね。となると環境の話とかは、今の法律で違憲で作れないとかいう状況ではない訳ですよね。

木村 もちろん、環境権を保障する法律を作っていただいても当然結構なはずです。

チキ まぁ、環境に関する法律、沢山ありますからねぇ。

木村 沢山ありますし、その中で権利もいろいろ保障されていますからね。

チキ となると、こういった法律が実際必要なのに今の憲法だと作れないことになっている。明らかにこれはおかしい!というものが立証されれば議論に乗せるけど、その立証責任を果たされていないままでは、ちょっと議論が成立しない・・

木村 成立しない。そういうことですね。




■ 『今の憲法は分かりにくい日本語だから改正すべき』という意見について


南部 そしてですね、こちらはラジオネーム『なおくん』さん。『憲法で分からないことは条文が日本語として分かりづらいことです。その結果、解釈で如何様にもなるってことです。そもそも憲法って国を縛るものですよね。じゃあ解釈は1つじゃなきゃおかしくないですか?』というメールを頂いているんですけど。

チキ 木村さんのね、お話でねぇ、他の国と比べてもややの国の憲法は抽象度が高いと。ある種、行間が多いということは解釈可能性もそれなりにあるということだった思うんですけど。今のメールどうですかねぇ。

木村 うーんっとですねぇ。まぁ、法律の条文というのは基本的にはあのぉ・・・日本国憲法の法律の条文としての・・日本国憲法はそんなに分かりにくい方ではないなと思いますね。

チキ うんうん
南部 ふーん

木村 あのぉ、たぶん所得税法とかですね、あの、消費税法とか読んでもらいますと日本国憲法より遥かに分かりにくいですから(笑)。まぁこのくらいのレベルは法律としては珍しくない。

チキ うん

木村 で、ただ分かりやすく変えようってのは悪くないことだと思いますけど、ただ、分かりやすく変える時に、あの、意味が変わってしまうってのを凄く我々法律家は恐れるわけですね。

チキ ええ

木村 そのぉ、句読点の位置ひとつで意味が変わってしまったりしますので、そのぉ、今と全く同じ状況でわかりやすく言葉にするってのは、まぁかなりの技術が必要。

チキ うん

木村 ってことで、そこはなかなか対応できないこともあって、っていう感じですねぇ。

チキ まぁそうですねぇ。細かな「てにをは」とか、ちょっとした、あの、言葉をいっこ変えるだけで意味が変わるというのは、例えば今の憲法から自民党の、まぁ憲法を変えようとしているわけですねぇ・・

木村 例えばですねぇ。例えば、自民党憲法草案では9条1項で『戦争は永久にこれを放棄する』を『もちいない』。『永久に放棄する』から『もちいない』って変えてしまいますよね。

チキ うん

木村 永久に放棄するっていうのはどういう意味かというと、2項は違うんですけど1項については『96条の改正手続きを通っても1項の内容は改正しちゃいけないですよ』。それが永久に放棄するっていう意味なんですね。

チキ うんうんうん

木村 これを『もちいない』に変えて進んでしまうと、まぁ一般人から見るとそんなに変わらないと思うんですけど、これは改正できますよって意味を変えてしまうことになるので、これは実は大きな変更だったりするんですね。

チキ うん

木村 そういうことに神経を払い尽くさないと、あのぉ、『もちいない』の方が分かりやすいと思いますけど、あの、意味も変わってしまう。そういうことを全部考えないと条文ってのは書けないんですね。

チキ うん。一条のその、『永久に放棄する』から『もちいない』になると、『でも自衛軍はもっているから、それは戦争という手段にはもちいないかもしれないけど、何かあった時に対応する』って暗に含ませて2項以降を意識しているって話もありますけど、そういったところも憲法の読み方では「てにをは」で変わってくると

木村 うん、「てにをは」で色んなことが変わってきます。

チキ で、今の話を逆に言うならば、今の、その公務員や政治家っていうのは現状の憲法をちゃんと守る必要があると。尊重する必要があると今の憲法に書かれていますよね。

木村 もちろんそうですね。

チキ で、9条には『永久にこれを放棄する』と書かれているんだったら、逆に言うとおいそれといじってはいけないということなので、いじろうとする自体が今の憲法だと憲法違反じゃねーかっていう事になる・・

木村 そうです。そういう可能性もありますね。




■ 憲法改正後に『頭がよくて邪悪な人間』が登場する危険性について


チキ ・・また他の条文で、えっと公益に反するような、その、結社っていうのを認めないってことを自民党憲法草案の中にあったりするんですね

木村 ありますね。

チキ そうすると合わせ技一本というか、そういうことが重ね合わさると色々な解釈を許すってことになりますよねぇ

木村 そうですね。例えば9条改正に反対する結社をダメだという風に使うことが出来なくはないでしょうね。

チキ あぁ

木村 まぁもちろん今の自民党の方はそこまで考えてはいないと思いますけども、あの、頭がよくて且つ邪悪な人間ってのがいつ出てくるか分からないわけですから。

チキ ええ
南部 うんうんうんうん

木村 あの、どっちか欠けててくれたらいいんですけど、両方を揃う人間が出てくると、これはあの、なかなか危険なことですね。

チキ そこをちょっと聞きたくてですね。あのぉ、この前議員さんと話した時も、『いやそこまでの大袈裟なことは』っていう形で、解釈の・・ある種憲法の解釈をして『こんなことが起こるかもしれないじゃないか!?』って言うと『いや大袈裟だ!』っていうね

南部 仰ってましたね、うん。

チキ ね、やり取りがあったりするわけですよ。で、『もう戦後と違うんだから、軍部が暴走するとか、あの、全体主義(注:個人の全ては全体(国家,民族,階級など)に従属すべきとする思想。ファシズム、軍国主義。)になるとかって話は、そんな時代じゃないよ。』って話をしているわけです。

南部 うん、『そんなことあり得ない』って。うん。

チキ 他方で、この世界でもそうした国って今でもあるわけですよね。

木村 ありますね。

チキ ってことは、やっぱり憲法というのは「今この場でどういう国を作りたいのか」だけじゃなくて、長期的に何かのイレギュラーを認めないために作るわけで、なにか短期的なもので決まるのは怖いなって気がするんですけども。

木村 うん、そうですね。今の自民党の議員さんが良い人ですと、いうのはそんなに間違ってないかと思いますけれども、あの、『自分たちが良い人だから大丈夫です』っていうのは説得力がないと思うんですね。

チキ ええ

木村 『自分たちの後も、悪い人は出てきませんよ』って言えなきゃいけないですし、それとあと、権力規定を変えると権力者の性格も変わるって、もう経験則ですから。

南部 うーん
チキ 性格も変わる。

木村 性格、変わりますよね。だってあの、絶大な権力を持ったら、やっぱりどんなに良い人でも、あのぉ、気持ちが大きくなりますよね。

南部 うん
チキ ええ。例えば銃を持ったら、それまで何かキレるっていう時があった時に、あのぉ、ね、ベットのまくらをボコボコ殴るだけだったのが打つかもしれないってことは有り得るわけですよね。

木村 そうですね。いやそれは、だって自民党政権だってその、ねじれ国会の時は割とその、腰が低いけれど、それが解消されたら急に力強くなるってことはこれまでもあったと思いますし、あの、民主党政権だって、あの、野党の時代と政権を取った後の振る舞いって全然違いますから、あの、権力を人に与えるってのは今その時点でその人が良い人か以上のことを考えないといけないってことですね。

チキ うーん




■ 『押し付け改憲論』について


チキ この憲法自体の、存在自体が日本をあやふやにしているんだ!っていう議論ってよくされるじゃないですか。

木村 存在自体。はいはいはいはい。

チキ 例えば、『押し付け憲法だから、そもそも日本自体が選んだものじゃないので、そんなものではこの国の形は、本当の形とは違ういびつに作られているのだ!』というような、まぁそういった批判とかってあったりするわけですね。

木村 うん

チキ それこそ先ほどの木村さんの話だと『具体的には?』っていう返しがくるのかもしれないですけど、押し付け憲法うんうんっていう議論は、今憲法学の間ではどういった議論になっているんですかねぇ。

木村 あのぉ、よく誤解されているのは、『押し付け無効論』と、それから『押し付け改憲論』ですね。これは全く性質が違います。

チキ ほうほう

木村 憲法成立時点では、『この憲法は有効なのか?』というのが結構真剣に議論されてぇ、またすべき問題だったんですけれども。そこはあのぉー、議論もあって、あのぉ、決着が付きました。

チキ うん

木村 で、『この憲法は有効であることにしよう』と有力な政党もやりまして、自民党はあの、日本国憲法を前提に選挙をやってますから、裁判所もそれをまぁ適用するということで、押し付け無効論と有効論との戦いは既に済んでいるんですね。

チキ ええ
南部 うーん

木村 で、押し付け無効論のパッションだけが残った『押し付け改憲論』ってのがあって、『内容は良いのだ』と。『内容は不満はないんだけども、しかし気に入らない奴が作ったから壊すべきだ』っていうそういう議論だけが残って

チキ はい

木村 これは端的に不合理ですからぁ。あの私がよく言う比喩ですが、マンションは立ったかどうか議論はあったけどマンションは立ったと。で、快適なマンションではあるんだけど、作った設計図を書いた奴が気に喰わないから取り壊そうって言う人がいたら、『ちょっと待ってくださいよ!』って言いますよねぇ?

南部 うーん。わかりやすい。

木村 そういうレベルですからぁ。そういう人たちは、『ちょっとそれは、あの、違うところでやってくれませんか?』って風に思いますね。

チキ なるほど。あの、ということはある種の押し付け感っていうのは前提にはなっているんですか?憲法学で。

木村 押し付けがあったかどうかっていうことですか?

チキ ええ。これについても例えばぁ・・

木村 国民主権の憲法ができる時って必ず国民じゃない主体が押し付けられているんですよ。

チキ そうですね。誰かが起草してっていう形になっていますから。

木村 あのぉ、例えばアメリカ憲法ってのはアメリカの国民が作ったように見えますが、あれイギリスに認めさせているわけですね、独立戦争で。

チキ そうですね、はい。

木村 ということはイギリスは『いいですよ。独立していいですよ。』という風に言って出来た憲法ですよね。イギリスっていうのは。

チキ うん
南部 ふーん

木村 それからそのぉー、えっと、日本の場合も、あのぉ、ああいう経緯がありましたしぃ。あのぉー、国民主権じゃない場合から出来た、例えば帝政ドイツから共和制のドイツに変わる時には、必ずそのぉ、一部の蜂起した人たちが国民を名乗るんだけど一部にすぎない。

チキ はい

木村 で、『お前たち今日から俺たちの国民だから従え!』っていう風に言ったりする経緯があって、これは国民主権独特のトラウマなんですよね。

チキ うん。ある種の先取りでもあるし、ある種のまぁ、パターナリズム(強い立場にある者が弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉すること。父権的干渉主義。)と言うかぁ、『これ良いでしょ?』って形で構築されるから、最初の一撃というのはどうしても暴力的なものになりうるということですね。

木村 もう外からくるものですから。なりうるということです。

チキ それがたまたま戦争というタイミングで負けた国が買った国に押し付けられたというストーリーが非常にシンプルで分かりやすからこそ今こじれているんだけど、ただある種の論理、議論においては決着が付いていて、あとはじゃあ自分たちで再選択するのかしないのかっていうところが、まぁ一応、気持ちとしては残っていると。いうような形になるんですか。

木村 ええ

チキ これちょっと伺ってみたいんですが、例えばあの、自民党が案を出しましたと

木村 はいはいはい

チキ あの、跳ね除けられました。そしたら今の憲法が認められたということになりますよねぇ。

木村 まぁそうでしょうねぇ。

チキ これはもう既にその段階で、押し付けではなくなったという風になるんですか?

木村 フフ(笑)。えっと、それは分かりません。私はその、押し付けであると言っている人のパッションていうのは、何をやれば収まるのか分からないところがありますね。

チキ あぁ

木村 その人たちの問題なので、私は別に、押し付けかどうか議論することはもはや意味がないという立場ですから、

チキ もしかしたら『それでも押し付けだ!』って言っている人はぁ・・

木村 『あいつらは洗脳されてる!』って言えばいくらでも議論を延長戦できますからね。

チキ フ(笑)。延長戦できるということですねぇ。

南部 うんうんうんうんうん

チキ いや、なんかチョット、シミュレーションというか例え話で、適当な議員が何人か集まって、草案を出して、国会で否決された場合に、もうそれは否決されたんで今の憲法は承認されたということになったらぁ、終わんのかなその議論っていう風に思ったんですけど、終わらないですね、その人たちの中では。

木村 うん、なかでは終わらないかもしれない。終わるかもしれません。まぁそれはかなり良い人だと思いますけど(笑)


と話していた。




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